もうそろそろ紅葉の季節だなと思いながら、どんどんと時間が過ぎて行く。「紅葉狩り」の期間が長いいせいなのか、なぜだか今すぐに行かないといけないという気にならない。
これが桜になると見頃が2週間ほどなので、話が変わってくる。2、3日の違いで本当に見頃を逸してしまうので、優先的に予定を入れて段取りをする。
そうはいっても、さすがに12月に入ってしまうとやばいかなと思い調べてみた。どうやら光明寺では例年紅葉の見頃は12月4までらしいので、慌てて今日の朝イチに行ってみた。
駐車場がない?!車ではいけない?
寺社仏閣に行く場合、よっぽどの都会や京都市内でない限り、車で近くまで移動するのが普通だろう。今回も長岡京市の、それも外れにあるお寺なので、車で行く気でいた。
しかしまさかの紅葉時期には、一般参拝客用の駐車場がない。近くにコインパーキングも見当たらず、バスかタクシーを使うしか光明寺に行く手立てがない。
ネットで調べたら近くに「無料駐車場」が出てくるのだが、これが光明寺の駐車場なのか別の駐車場なのかわからない。前の日に調べに行ってからまた後日出直すのは、あまりにも非効率的だ。
かといって当日に直接行ってみたのはいいが、光明寺の駐車場で停められなかったでは、あまりにもロスが大きい。そこで仕方なくJR長岡京駅まで車で行き、そこからバスを使うことにした。
パーク&ライド
現在、長岡京市営長岡京駅西駐車場では、「パーク&ライド」という期間限定サービスを使うとにより、光明寺での入山料が一人当たり600円引になっている。
他に手段もないので、このパターンで行くことにした。もし何人かで集まって行くのならこのシステムを活用し、車を市営駐車場に停めてからバスを使う方がいいのかもしれない。
ちなみに長岡京市営長岡京駅西駐車場では、4階の一部の区画がパーク&ライド駐車場に割り当てられている。ただ、ここに停めないといけない理由が、もうひとつよく理解できなかった。
臨時バスが出ていた
わたしたちもこの「パーク&ライド」を使って、光明寺に行くことにした。市営駐車場に車を停め、情報観光センターで駐車券を見せて入山券を400円で購入した。
今手元にある入山券を見てみると、「団体用」となっている。個人なら1000円のところ、団体様なら6割引になるようだ。
なんだかその時は納得できない気持ちもあったのだが、現地に着いてみてその考えが間違っていることに気づいた。平日なのに次から次に観光バスが光明寺の駐車場に入ってくるのだ。
われわれが帰るときには、入り口に観光バスに乗ってきた人たちで溢れていた。「平日なのに?もう紅葉も終わりなのに?」と思っていたら、他のバスが駐車場に入るために入り口手前で並んでいる。
これだけの団体客を呼び入れることができるのなら、割引があっても当然だろう。入山料400円なら、とてもリーズナブルだ。
まだ10時過ぎだったので、これからどんどん人も増えて行くのだろう。いつも思うのだが、朝早く来て正解だった。ゆっくりと自分のペースで見ることができた。
なるほど臨時バスが出ているのも頷ける。われわれがバス停で待っているときも、平日の朝の早い時間にも関わらず、乗り切れないほどの人が並んでいた。
あとバスに関して特に驚いたのは、阪急バスの運転手の対応がとても丁寧なことだ。信号で停車してから発進する時はに必ず、「動きます」とアナウンスする。あと、バスから降りる人に対しては一人ずつに、「ありがとうございます」と声をかけていた。
わたし自身あまりバスに乗った経験がないのだが、数年前に乗った京都市営バスがとても酷かったので、そのイメージがいまだに払拭しきれない。とにかく運転が荒い。それもよく客を乗せてこんな運転ができるなというレベルの酷さだ。
お年寄りもたくさん乗っているのに、よくクレームにならないなと思っていたら横で奥さんが、「京都市営バスは昔からこんなんや」と笑っていた。もう京都では当たり前になっているのだ。
敷地はそれほど広くはないが、本堂は格式がありとても立派
総門の手前にあった紅葉。この木だけとても目立っていた。
やはり撮影スポットになるのか、ここには人溜まりができていた。
御影堂から続く回廊には赤い絨毯が敷かれていた。御影堂の裏には法然上人が眠る御本廟がある。
信楽庭(しんぎょうてい)と勅使門。この前の廊下にたくさんの人が腰を下ろして、庭を眺めていた。下の写真はその後ろで、背伸びをしながら撮影。紅葉期有料期間のみ公開されている。
よくある庭の風景が切り取られたような場面だ。
写真撮影が禁止されているので写真をアップすることができなかったが、阿弥陀堂内部が荘厳な雰囲気に包まれていた。中に2m近くある阿弥陀如来像が安置されており、圧倒的な存在感を放っていた。
同じく撮影禁止だった御影堂内も、素晴らしかった。外陣と内陣の間には木の柵の結界が張られており、中に入ることすらできない。内陣の奥は極楽浄土を表しているそうだ。
とにかく物販が豊富?
とにかくいろんなところで、いろんなモノを売っている。掛け軸や屏風を展示しているところでも、安田念珠店が出張販売していた。念珠や腕輪、ストラップなどがたくさん並べられていた。買っている人がいたので、ちょっと驚いた。
そしてそこを過ぎると、今まで見たことがないような光景が見えてきた。
なんだか「夕子」と「Milky」推しのようだ。
特にここでは売り子さんたちが、「もう最後ですよ」と積極的に販売をしていた。屋外でモノを売っているのはたまに見かけるが、これだけ屋内で大々的に物販をしているのは初めて見た。明らかに今までのお寺とは一線を画している。
もみじ参道
このもみじ参道が、今回のメインになる。残念ながらもう一番いい時期は過ぎたようだ。もう少し早ければ参道に絨毯のように敷き詰められた紅葉の上を歩きながら、一面真っ赤な紅葉を見れていたのだろう。
この手前では、人が誰も通っていないタイミングで写真を撮るために、何人もの人たちがカメラを構えながら立っている。
もみじ参道の入り口に、短大のカフェ食堂の案内が出ている。普通こんなカフェが寺の境内にあるものだろうか。ちょっとびっくりした。
やはり学食なので、基本的にすべてが安い。
帰りも臨時バスで阪急とJRの駅に直行
帰りも30分おきに臨時バスが迎えにきてくれる。われわれもタイミング良く、ほとんど待たずにバスに乗れた。
バスを降りてから長岡京駅前にある「源」さんで、早めの昼食をとってから自宅に帰ったら、まだ12時過ぎだった。ちょっと長めの散歩でもしてきたかのようだ。
謎の小袋
入山のときに渡されたのが、このリーフレットと「もみじ散華」という小袋。
しおりには境内の案内と西山浄土宗の教えが書かれていた。「もみじ散華」とはなんだろうと思って中を見てみると、
なんだかよくわからなかったのだが、奥さんが言うには「栞じゃないの」とのこと。わたしとしては、栞として使うにはちょっと使い勝手が悪いような気がする。
小袋に書かれた「法然上人立教開宗」とは、法然上人が自分の力ではなく阿弥陀仏の本願によって救われるという「他力本願念仏」の教えを開いた年から、令和6年でちょうど850年を迎えるそうだ。
う〜ん、栞として使っていいものなんだろうか。なんだかありがたいもののような気もするので、しばらく目につくところに飾っておくことにした。
ちなみに光明寺の入り口に一人警備員が立っており、「300m先に駐車場」と書かれたA4版ぐらいのパウチされた紙を持っていた。どうやら車でも行けたようだ。