もう何のために購入したのかは、覚えていない。本気で、英語で意見を論理的に述べるつもりでいたのか、「英検1級、通訳ガイド試験、TOEFL、GRE」を受けようとしていたのか、今となっては全てが謎だ。
この書籍には、「発信型英語スーパースピーキング」という副題が付いている。植田氏は「発信型」とか「スーパー」という言葉が、わりとお気に入りだ。
植田氏の書籍は、だいたい出だしで一発かまされるのだが、今回もそうだった。「なぜアーギュメント力が必要なのか」と言う問いに、きめ細かく答えてくれている。
そして、「理由を挙げて自分の意見を論理的に主張する」”argument” には、”debate” 能力が必要だと言っている。「おしゃべり」である “chat” や、「話し合う」ことである “discuss” では勢いが弱い。
あと、「技術とトレーニング」と銘打っているように、実践トレーニングが次から次へと出てくる。これでもかと言う量に、圧倒される。
「なぜアーギュメント力が重要なのか」
まずディベートのメリットを、6つ挙げている。
- 論理的に物事を考える能力・分析力が養われる。
- 社会問題に関する深い知識を洞察力が身につく。
- 英文速読速英文速読速解力が鍛えられる。
- 自分の意見を効果的に人に伝える能力、つまり説得力が養われる。
- 人の話を素早く正確にキャッチするリスニング力が養われる。
- 対立する立場に立って物事を捉える。
ここでは “Toulmin’s Model” を例に出して、
A "Claim" should be supported by "Warrant" , or theoretical justification or rationalization on which the argument is built, and "Data", or evidence by which the argument is proven. Therefore, debates helps develop abilities to think and analyze logically, and organize our arguments into a structured framework.
と説明している。つまり、data[事実・統計・専門家の意見]と warrant[正当な理由・根拠]によって claim[主張]するので、上の6つのメリットが養われるそうだ。
ちなみに “Toulmin’s Model” とは、結論を支える根拠を data と warrant に分けて、 claim, data , warrant の3つを議論の基本要素として図式化することのようだ。
さらに、これだけでは飽き足らず、釈迦の「八正道」(Noble Eightfold path)を取り上げて、ディベートの目的を語っている。
日本人の英語での発信力を弱めている大きな要因
英語圏の人たちは客観的な証拠に基づいて議論をし、自分の意見の優位性を相手に理解させようとする。一方、日本人は「感情中心」「倫理中心」に話を進めがちだ。
この「論理的分析&説得力」が苦手であることが、日本人の英語での発信力を弱めている大きな要因になっている。
コミュニケーションにおいて相手を説得するために、効果的な方法を3つ挙げている。
ethos -credibility pathos -appeal to emotions logos -appeal to reason
ethos は社会の通念や常識、道徳観、話者の人間性やステータスなどの信用の源。 pathos は情、とくに哀れみのこと。人間は感情の動物なので、この効果は絶大。 logos は正当な理由、論理性のこと。これがなければ、説得力にも欠ける。
英語文化では logos に重点を置くのだが、日本文化では ethos や pathos をより重視したため、logos があまり発展しなかった。
国際社会では日本の常識(ethos)が通用しないので、logos を鍛え “argument” 力を高めないと生き抜いていけない。
これは日本の会社でも当てはまる気がする。わたしは長い間サラリーマン生活を送ってきたが、まさに会社の中での常識は、世間の非常識だった。
避けるべき8つの “argument fallacies”
してはいけない “argument” の原則として、以下の8つがある。
- Hasty Generalization
- Post Hoc Ergo Proper Hoc
- Slippery Slope
- Red Herring
- Appeal to Tradition
- False Dilemma
- Bandwagon
- Ad Hominem
各項目の説明は、下記の通りだ。
- a fallacy that makes claims based on insufficient or unrepresentative examples
- a chronological fallacy that says a prior event caused a subsequent event
- a fallacy of causation that says one action inevitably sets a chain of events in motion
- a fallacy that introduces irrelevant issues to deflect attention from the subject under discussion
- a fallacy that opposes change by arguing that old ways are superior to new ways
- a fallacy that confronts listeners with two choices when, in reality, more options exist
- a fallacy that determines truth, goodness, or wisdom by popular opinion
- a fallacy that urges listeners to reject an idea because of the allegedly poor character of the person voicing it
これらをまた、簡単な日本語でも説明してくれている。
- 不十分な例で主張をサポートする誤り
- 時間の前後関係を因果関係と混合した虚偽の論法
- エスカレート論法
- 人の注意をそらす論法
- 伝統を重視する論法
- 偽りのジレンマ論法
- 大衆意見による正当化論法
- 人格攻撃論法
これらの説明の上に本書では、簡潔ではあるが具体例を挙げて説明していてとてもわかりやすい。あえてちょっとわかりにくいものをあげるとしたら、2番目の “Post Hoc Ergo Proper Hoc” だろうか。
これはラテン語で 、「前後即因果の誤謬」と訳されている。同様に8番目の “Ad Hominem” もラテン語で、「人身攻撃」という意味だ。
あと4番目の “Red Herring” は直訳すると燻製ニシンだが、人の注意を他へそらすもの、人を惑わすような情報という意味があるのは面白い。
圧倒的なトレーニング量
第2章からトレーニングが始まり、解答例のどこが悪いかを考えるようになっている。第3章ではトレーニングの後で、「論理的分析力を鍛える問題」を解く。例題も設問も全て英語なので、緊張感が増して気合が入る。
第5章からは実践トレーニングになり、ある問題に対して賛成派と反対派の両方の意見について考える。それぞれの意見に反論したりして、論理的な考え方を磨くのだ。
内容の量から考えても、この第5章がこの本のメインの部分だと思える。今まで日本語でもここまで考えたことはなかったいうほどの量で、錆びつきかけた脳にはいい刺激になる。
第6章ではジャンルごとにトピックを、 pro and con (賛否両論、メリット・デメリット)に分けて紹介している。普通にこんな考え方もあるのかと、感心させられてしまう。
結局のところ一番大切なのは日本語
ひと通り最後までこの本を読んでみて感じたことは、つくづく自分に足りないのは日本語の読解力だなということだ。これが結論なのかもしれない。
だいたい昔から、物事を深く考えたことがない。よく言えば素直に全て受け入れていたのだろうし、もしかしたら最初から考えることを諦めていたのかもしれない。
逆に今頃になって、疑問に思うことについて考えるようになった。考える時間や余裕ができたせいかもしれない。だとしたら、これはこれでいいことなのかもしれない。
どちらにしても日本語で意見を論理的に述べれないのに、英語でできるはずもない。まずはここから鍛えていく必要がありそうだ。