自分がいざ介護をすることになって、いろいろ思うことがある。
まず認知症は急になるものではないが、いつから始まったのかがわからない。
最初は年齢なりにボケてきたのかな、としか思わない。
それがある時点で、「あれ、なんだか変だな」と思う時がくる。
これは単なるボケとは、違うなと。
意外にわからない認知症
後から考えると「変だな」と思った時点で病院に行って、認知症の検査していればよかった。
だが、なかなかそれほどの機敏な行動が、すぐにはとれない。
まず第一に、我々も仕事をしているし、時間的な余裕がない。
あと、病院に連れていこうとすると、本人が拒む。それも頑なに。
「ボケてもいないのに、脳の検査なんてとんでもない」ということだ。
それでも介護保険の認定のため、騙し騙し病院に連れて行った。
今は病院名もサナトリウムなどになっており、傍目には何の病院かわからない。
その時の担当してくれた先生が、とっても良い方だった。
この先生おかげで今があると、本当に感謝している。
基本的には父を診てもらうために、両親を連れて行った。
だが、その時先生は、付き添いで来た母にも目をつけていた。
私が父をMRIに連れて行っている間に、先生が母を診察してくれた。
診察後先生に、「この足で地域包括に申請に行きなさい」と言った。
先生はすぐに意見書を書いてくれて、市役所に送付してくれた。
暫くすると市役所から、認定調査員が家にやって来た。
その時、いろいろな調査や質問をしてきた。
父は露骨に嫌な態度をとっていたが、さすが調査員は手慣れたものだ。
宥めすかしながら、うまい具合に答えを引き出していた。
その後認定が下り、ケアマネージャーが決まった。
それからケアプランを立ててもらって、やっとスタートだ。
まさかこの年で介護をするようになるとは
我々自身も、自分の親が認知症であるという自覚を持ってからが本番になる。
とにかく認知症になった本人たちには、自覚が全くない。
だから、タチが悪いのだろう。
このギャップが結局、関わっている人間全てを煩わせる。
でも本人は、決して自分が認知症であることを認めない。
多分、人間の尊厳とか、プライドとか、色々あるのだろう。
冗談ではないという態度をとって、ガンとして受け付けない。
そのくせ他人のことはボケているとか、おかしいとか、平気で言う。
なぜ自分も同じだとわからないのか、不思議で仕方がない。
今のままでいけるのでは?
このまま症状が進まなければ、今のままでいけるのではないだろうか。
そう思うことも、実際にあった。
だが、時間が経てば症状が進行するのは明らかだ。
よくなることはありえない。
脳は確実に萎縮していっているのだ。
やはりMRI検査は必須
認知症の診察をするに当たって、決まった検査がある。
最初にある数字を言って、そこから順に引いたり足したりした数を言わせる。
いくつか物を見せた後に隠して、何があったかを聞く。
今の時間を言葉ではなく、時計の絵を書かせて示させる。
意外とこれができないのには、驚いた。
ただ、この検査で認知症のレベルがわかるわけではない。
結局は脳のMRIを撮って、萎縮具合を見るのが一番確かなようだ。
薬の副作用を理解しておく
一つ言えることは、薬はちゃんと我々自身がその効能・効果を理解して服用させているかを、必ず確認しながら飲ませないといけない。
薬は効き目が良ければ良いだけ、副作用も強いという認識を持っていなければいけない。
母の場合、薬の効果が強く出過ぎた。
易怒性が強くなり、すぐに怒り出すようになった。
あと、他人に対する不信感が強くなった。
特に近くにいる人間に対して、強くなる。
私が仕事をしている間は、私の妻が全て対応してくれていた。
当然、妻が矢面に立たされる。
不思議なのだが、一番よくしてくれている人が一番キツく当たられる。
不条理なものだ。
そしていろいろ考えた末、薬を止めるとこにした。
認知症の症状が進むかもしれないが、それ以上におかしくなっていくのを見てられなかった。
薬をやめて暫くすると、怒鳴り散らすことは無くなった。
それだけでも、やめてよかったと思っている。
認知症は完治するのか
確かに、今の時点では完治するとは言えないだろう。
病気の進行を止めることも、難しいかもしれない。
ただ、進行を遅らせることは可能だと思う。
老いと一緒で、長く付き合っていくしかないのだろう。
否定しない、叱らない
最初の頃は、私もよく一緒になって怒っていた。
何を言っても、いうことを聞かないからだ。
あっちも、こちらの言うことは認めたら、負けだと言わんばかりの剣幕で反抗してくる。
ただ近頃は、さすがに要領がわかってきた。
同じ話を何度聞いても、苦にならなくなってきた。
認知症に関しては、まだまだわからないことが多い。
逆に考えれば、これからよくなる可能性もあるということだ。
焦らずゆっくり対応していきたい。