「マルチメッセンジャー天文学」という言葉を、初めて目にした。どうやら宇宙からやってくるあらゆるシグナルを総動員した、新しい天文学らしい。
20世紀までは光や電磁波が主にシグナルとして活用されていたが、それ以降は赤外線や電波、X線などの様々な波長の電磁波も使われ始めた。
近年では重力波やニュートリノなどの光以外のシグナルも駆使して、宇宙を研究できるようになってきた。
電磁波、重力波、ニュートリノのシグナルで新しい宇宙の姿は見えるか
この書籍の特徴として、1ページにひとつぐらいの割合で、図や表、写真などを載せている。新書版なので、それほど紙面が広いわけではない。
それでも本文の邪魔にならないように、また図や写真が見にくくならないように、絶妙の大きさで差し込んでいる。
その中になにげに数式も挟み込んでおり、理解の助けになるように工夫している。例えば最初の電磁波の説明から、波の速度は波の波長と周波数の掛け算で表される。
速度(m/s) = 周波数(Hz=1/s) X 波長(m)
\[ v = \nu \lambda \]
電磁波が伝わる速度は秒速30万kmで一定なので、光の速度は\( v=c=299,792,458 m/s \cong 3 \times 10^8 m/s \)。可視光600nmの周波数を例にとると\[ \nu= \frac{c}{ \lambda}= \frac{3 \times 10^8}{6 \times 10^{-7}}( \frac{m/s}{m})=0.5 \times 10^{15}(1/s=Hz) \]
となり、目に見える光の波は1秒間におよそ \(10^{15} \)回も振動している。
ここでこの可視光のエネルギーを計算するなら、電磁波は通常「波」として捉えられるが、粒子としての性質も持っている。振動数 ν の電磁波は、1 粒あたり hν のエネルギーを持った粒としてふるまうので、電磁波の場合には光の粒子性の式から光子 1 個当たりのエネルギー E で表される。
エネルギー(J)= プランク定数(J•s)X 周波数(Hz)
ここでプランク定数を \( h = 6.6 \times 10^{-34}(J \cdot s) \)とすると,
\[E = (6.6 \times10^{-34}J \cdot s) \times (0.5 \times 10^{15}Hz) \cong 3 \times 10^{-19}J \]
となり、これで細かい数字を気にしなければ、光子1つあたりおよそ \(10^{-19} \)Jとなる。
ブラックホールの性質
ブラックホールとは、「光すら逃げ出すことができない天体」のことだ。つまり、光が届かないので、直接見ることができない。そこでブラックホールに落ち込む物質が放つ光を観測することで、そこにブラックホールがあることを間接的に調べている。
ここで地球上からロケットを打ち出すことを考えてみる。地球の質量をM、半径をRとすると地球の重力による位置エネルギーは \( – G \frac{Mm}{R} \)となり、ロケットの速度が \( v \) のとき運動エネルギーは \( \frac{1}{2}mv^2 \)となる。
ロケットが地球の重力を振り切って十分遠くまで飛んでいくためには、運動エネルギーと位置エネルギーの和がゼロ以上にならないといけないので、\[ \frac{1}{2}mv^2 – G \frac{Mm}{R} = 0 \]\[ v = \sqrt{\frac{2GM}{R}} \]
これが地球から脱出する速度である第二宇宙速度だ。ここから、脱出速度は天体の質量Mと半径Rによって決まる。つまり質量が大きいほど、そして半径が小さいほど、脱出に必要な速度が速くなるわけだ。
また、万有引力定数の変換の公式 \( g R^2 = GM \)を使って、 \( v = \sqrt{2gR} \)とも表記されている。 こちらの式だと地球の半径R と地表での重力加速度の大きさg から計算できて便利だ。
「シュバルツシルト半径」 ブラックホールの半径は質量だけで決まる
そしてこの第二宇宙速度を使って、「シュバルツシルト半径」が求められることに正直驚いた。今まで読んできた本でも、この「シュバルツシルト半径」という言葉はよく出てきた。太陽の半径を3kmにしたらとか、地球なら9mmになるという数字も覚えているぐらいだ。
まず、この脱出速度 \(vをc \)に置き換えてみると、\[ c = \sqrt{\frac{2GM}{R}} \] なので \[ R = \frac{2GM}{c^2} \]となり、これがシュバルツシルト半径になる。
実際、この式に太陽の質量( \(1.989 \times 10^{30} kg \))、光速( \(299,792,458 m \cdot s^{-1} \))、万有引力定数( \(6.6743 \times 10^{-11} m^3 \cdot kg^{-1} \cdot s^{-2} \))という数字を、うんと丸めて入れてみると、\[ R = \frac{2 \times (7 \times 10^{-11}) \times (2 \times 10^{30})}{(3 \times 10^8)^2} ( \frac{m^3 \cdot kg \cdot s^2}{kg \cdot s^2 \cdot m^2})\cong 3 \times 10^3 m = 3 km \]となる。この半径は質量だけで決まっているため、お互いの質量比がわかっていればすぐに計算できる。たとえば地球の質量は太陽の33万分の1なので、3kmを330,000で割ればいい。答えは9mmだ。
ただし、光子は質量をもたないのでニュートン力学で考えるのは正しくなく、厳密には一般相対性理論で考える必要があると言っている。しかし、一般相対性理論を使ってもシュバルツシルト半径に関しては同じ答えが導かれる。
これに関してヨビノリたくみ氏は「ブラックホールの半径を導く!?(シュワルツシルト半径)」というYouTubeで、このことを「ほぼ偶然」と言っている。そして「2」とかいう値まで一致するのは奇跡としか言いようがないと言っている。
宇宙で距離を測る
昔から疑問に思っていたことの一つに、遠くにある星の距離がどうしてわかるのだろうかというのがあった。見かけの明るさでは本当の距離はわからない。
ただ近くの距離なら、視差を使って測ることができる。太陽と地球の距離は分かっているので、三角測量の要領でずれの大きさを測って推定できる。但し、この方法では銀河系内の10000光年程度に限られてしまう。
それ以上遠い星を観測する場合には、事前に真の明るさが分かっている「標準光源」を使う。「セファイド変光星」の爆発現象を活用すれば、5000万光年程離れた近傍銀河までの距離が測れる。
これ以上遠い星を観測する場合には、「Ia型新星」を使うらしい。これを使えば、50億光年程度まで測定できるそうだ。
これらを使って近くから順に距離を決めていくので、宇宙にはしごをかけていくような作業のため、「距離はしご」と呼ばれている。
ただ、この測定方法もマルチメッセンジャー観測が進めば、重力波の強さを測定することで直接天体までの距離を測定できるようになるそうだ。
「マルチメッセンジャー天文学」の幕開けは、何を意味するのか
このあとも本書では、超新星爆発、ガンマ線バースト、中性子星合体などの宇宙の爆発現象や、ニュートリノ天文学、重力波天文学といった宇宙を探る新しい手段を紹介している。
具体的な数字に落とし込むため、人間が放つ重力波や超新星爆発からの重力波などの計算式も紹介している。ここまで数字を出して説明している本は、他ではあまり見かけない。
「あとがき」にも書いてあったが式や計算が多いのは、自分で少し計算することによってより生き生きと分かるという感覚を楽しんでもらうためらしい。
「マルチメッセンジャー天文学」自体がまだ始まったばかりなので、今後の動向が楽しみだ。